歌手、松田聖子(59)が「第72回NHK紅白歌合戦」(後7・30)の出場を辞退したことが25日、同局から発表された。18日に長女で女優、神田沙也加さん(享年35)が急死したばかり。21日には紅白の曲目が発表されたが、聖子に関しては延期されていた。関係者によると、「悲しみとショックが大きく、歌える状態にない」という。
【写真】沙也加さんと真剣に交際していた共演俳優
聖子が25度目の出場を決めた大みそかの夢舞台から退く決断をした。
紅白の公式サイトは、この日、「紅組で出場予定の松田聖子さんは、このたび出場をご辞退されることになりました」と発表。聖子は沙也加さんの密葬が営まれた札幌から21日に帰京後、出場の検討に入っていたが、関係者は「ショックと悲しみが大きく歌える状態にない」と明かした。聖子は19日と23~26日のディナーショーも中止していた。
大みそかの本番まで1週間となり、NHKでは曲順などを最終調整中。聖子の出場で演出も大きく変わるため、聖子側も結論を直前まで先延ばしせずに決断したとみられる。
聖子は2013年から昨年まで紅白に8度連続出場。15年には「赤いスイートピー」で2度目の大トリを務め、19、20年はトリ前で熱唱した。
今年の紅白をめぐっては21日に同局から曲目が発表されたが、「松田聖子さんについては後日改めてお知らせします」と説明。同局関係者も「聖子さん側の回答を待っている状況」と明かしていた。翌22日には正籬聡(まさがき・さとる)放送総局長が定例会見で「松田聖子さんの気持ちを最大限尊重して丁寧に対応します」と言及。決断のリミットも「協議する中で決めていく」と述べていた。
愛娘を失った喪失感はあまりにも大きいが、聖子にとって紅白は沙也加さんとの思い出がつまっている。2011年には母娘でテレビ初共演し、坂本九さんの名曲「上を向いて歩こう」をデュエット。手を握り、頰を寄せ合いながら美しいハーモニーを届けた。14年には故人が「アナと雪の女王」の主題歌を事前収録で熱唱。聖子は涙を流しながら、スクリーン越しに温かく見守った。
関係者は「紅白では沙也加さんへの思いが蘇ってしまうだけに、つらさに押しつぶされそうになるのでは」と聖子の胸中を察していた。
★紅組追加発表は… 今年の紅白は、25日現在で紅組は21組が出場。白組は、24日にシンガー・ソングライター、藤井風(24)の出場が発表され、22組となった。聖子の辞退を受け、紅組の追加発表はあるのか。NHK関係者は「引き続き交渉中のアーティストがいる」としているが…。
サンスポ 12/26(日) 5:00
https://news.yahoo.co.jp/articles/6dfdbb6d505509b25dc083434e3d3197f8de6921
写真
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
?pri=l&w=403&h=640&exp=10800
#松田聖子
【辞退した】AA!!紅白出ませんwwwww発表したwwww!!!!
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc9d152cad2b4d3f34c87ba4c4f41f5c88181738
NHKは25日、18日に急死した女優の神田沙也加さん(享年35)の母親で歌手の松田聖子が、大みそかの第72回NHK紅白歌合戦(後7時半)の出場を辞退したと発表した。
同局の正籬聡(まさがき・さとる)放送総局長は22日の会見で「松田聖子さんの気持ちに添うような形で、丁寧に対応を進めています。気持ちを最大限尊重して対応します。(出場可否や決断のリミットも)協議する中で決めていくと思います」と話していた。
【寄り添った娘に】AA!!あの日はwwwww沙也加wwwww!!!!
12/25(土) 5:30
スポニチアネックス
松田聖子 あの日は一睡もせず沙也加さんに寄り添った
神田沙也加さん(享年35)が18日に急逝して1週間になる。出演していた舞台が25日から再開され、母の松田聖子(59)は出場予定だったNHK紅白歌合戦担当者との話し合いを再開させた。最愛の娘を亡くした悲しみは深く「一睡もせずにご遺体に寄り添い続けていた」(関係者)という聖子は、立っているのもままならない状態なのに元夫の神田正輝(71)とツーショットで会見した。なぜ自ら報道陣に対応し、紅白に向けた話し合いも始めたのか――。まだ見えぬ悲しみの向こう側へ、聖子は歩き始めようとしている。
スポニチ本紙の取材では、聖子は沙也加さんの遺体が警察から葬儀場に搬送される20日昼すぎに札幌入り。「沙也加さんは、降り積もる雪のおかげなのか外傷は見当たらず、本当に穏やかな表情でまるで眠っているようでした」(関係者)。無言の愛娘の冷たくなった頬に何度も自分の頬をすり寄せ、覆いかぶさるように両手で何度も撫でながら泣き叫ぶ母親の姿は「筆舌に尽くし難い、これまで見たことのない聖子さんの姿だった」という。
悲報が伝えられたのは18日深夜。毎年恒例の都内でのディナーショー終演後で、知らせが遅かったのは沙也加さんの事務所社長を務める実兄の配慮。「もし、先に重体が伝えられていたら、とてもステージには立てなかった」と関係者。20日の通夜後も聖子は一人、ホテルに帰らず、次の日の葬儀・告別式の準備に取りかかるまでの「20時間以上、一睡もしないまま沙也加さんのそばから離れようとしなかった」という。
泣き腫らした目は翌21日午後、荼毘(だび)に付された際に再び大粒の涙であふれ、正輝の胸で泣く場面もあった。それが午後6時の日航機で帰京する直前の午後5時すぎ、斎場で正輝と会見することを決意する。それはなぜか――。
「この後のことを考えると、親子3人が一緒にいる姿を皆さんにお見せできる機会はこれが最後だった。最愛の子供を亡くした悲しみに暮れているのに、世の中の皆さんの応援があって生きてきた芸能人一家として、果たすべきことがあると考えるのが聖子さんの凄いところ。だからあれは夫婦ツーショットではなく、沙也加ちゃんとの親子最後のスリーショットの会見だったんです」(関係者)
ピンクの位牌と骨箱は「一卵性」と言われた母娘を象徴する、ともに大好きな色。帰りの機内で聖子はその骨箱を胸に抱きしめたまま「決して離そうとはしなかった」という。
大みそかの紅白歌合戦。当初は財津和夫作詞作曲の新曲「私の愛」を歌う予定だったが、沙也加さんと2人で出場した思い出が深い紅白のステージで、どの歌をどんな演出でなら歌えるのか。聖子と沙也加さんの思いを考えながら、紅白担当者は答えを探している。
≪89歳祖母も札幌入り≫聖子の母で、沙也加さんを幼い頃から厳しくしつけてきたことで知られる祖母・一子さん(89)も札幌入りしていた。幼い頃からおもちゃのマイクを手に歌うのが大好きだった孫に「歌手になるのだけはやめなさい」と言い続けた一子さん。それは“偉大すぎる母”と比較され、つらい思いをしないようにとの思いから。母娘で溝ができても常に沙也加さんを見守っていた。
≪気遣いの人「チーム聖子」に心打たれる≫気遣いの人だと言われている聖子。ディナーショーの19日の東京最終公演に続き、23〜26日のホテルニューオータニ大阪での全4公演が中止となったことに「申し訳ない」という言葉を繰り返していたという。中止の判断を受けた同ホテル側は「大丈夫です。チーム聖子ですから」と快く対応したという。関係者は「毎年のようにディナーショーをやっている聖子さんは普段からホテル側と良い関係を築いている。チーム聖子という言葉に聖子さんも心を打たれたのでは」と話した。
(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
https://news.yahoo.co.jp/articles/16d05708bfeeeb3c20be4a026acfdb1bf8dab153
【悲劇の後で】AA!!紅白出場へwwwww娘にwwwww!!!!
18日に札幌市内のホテルで急逝した神田沙也加さん(享年35)の母で歌手の松田聖子(59)が、大みそかの「第72回紅白歌合戦」に予定通りに出場する可能性の高いことが23日、分かった。
関係者によると、沙也加さんの死を知った際には、周囲が心配するほど憔悴(しょうすい)し悲嘆に暮れていた。だが、1人娘を荼毘(だび)に付し、最後の別れをしっかりとすることができたことで、現在は「娘のためにもしっかりと歌わないと。娘に恥じないようにしないといけない」と、仕事に前向きな思いを口にしているという。
紅白のステージには沙也加さんとの思い出がつまっている。11年にはテレビでの親子初共演として「上を向いて歩こう」をデュエットし、肩を抱きあい、手を握りあいながら歌唱した。最後にほおを寄せあったほほえましいシーンは多くのファンの記憶に残っている。
22日に行われたNHK放送総局長の定例会見では、担当者が「(聖子さんには)引き続き状況を確認させていただいている」と説明。出場について「聖子さんサイドのお気持ちを最大限尊重していく」と話していた。
ファンの間にも「聖子さんが再び元気に歌う姿をみたい」「今は無理をしないで」との声があるが、沙也加さんのためにも聖子は前を向くことを決めた。
https://news.yahoo.co.jp/articles/6197c44518b6c8e34bdf10faee817ac9c21d0f05
前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1640294707/
【遺書】 AA!!中にはwwwww直前wwwww!!!!WW!!!!
12月18日、札幌市内のホテルの高層階から転落し、急逝した女優・神田沙也加(享年35)。亡くなる直前、交際相手の男性俳優との間にトラブルがあったことが「週刊文春」の取材でわかった。
神田が交際していたのは、主演予定だったミュージカル「マイ・フェア・レディ」の共演者として名を連ねていた俳優・前山剛久(30)。
「前山は、若手俳優集団『D―BOYS』のメンバー。2013年に『仮面ライダーウィザード』で注目され、
『刀剣乱舞』などゲームやアニメが原作の舞台に出演する“2・5次元俳優”として活躍しています。
趣味はロック鑑賞。高校時代はバンドを組み、今でもギターを弾いています」(前山の事務所関係者)
2人は、今年8月から帝国劇場などで上演されたミュージカル「王家の紋章」で初共演。
恋人同士になったのは、9月下旬の千秋楽から間もない10月初旬のことだった。
「沙也加さんが告白する形で交際が始まりました。前山も、可愛い上に、情熱的な人柄の彼女に惹かれたそうです。
沙也加さんも35歳。最初から結婚を前提とした交際でした。彼女は最近も精神安定剤を服用するなど、感情の浮き沈みが激しかった。
それでも、前山は『頑張って薬を減らしていこう』と提案し、そのための計画表を作っていました」(前山の友人)
前山とアイドル・A子との“関係”に深く悩んでいた
11月から始まった「マイ・フェア・レディ」でも、立て続けに共演を果たす。
「前山が演じたのは、沙也加演じる主役に恋する役どころです。初日前会見では、前山が稽古中に『恋してます! だってめっちゃかわいいですもん』と“告白”したところ、
沙也加から“エアビンタ”を受けたエピソードを明*など、のろけ放題でした」(同前)
ところが、12月に入り、沙也加はこう漏らすようになった。
彼に酷い目に遭わされた」
2人の間に一体、何が起きていたのか。
「沙也加は、前山さんとアイドル・A子さんとの“関係”に深く悩んでいました」(沙也加の親友)
前山の所属事務所に沙也加との交際やトラブルなどについて確認を求めたところ、以下のように回答した。
「前山剛久より、神田沙也加様と真剣に交際しているという報告は受けており、承知しておりましたが、
神田様も前山も、30歳を超えた大人同士による恋愛でしたので、本人達に任せておりました。
突然の訃報に接し、前山も多大なショックを受けている状態で憔悴しきっており、現在本人から話を聞ける状況ではないため、回答を控えさせて頂きます。
ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます」
沙也加がショックを受けたとされる前山とA子との“関係”とはどのようなものだったのか。
そして、ミュージカル女優の彼女にとって、受け入れ難かった残酷な知らせ。宿泊していた部屋に残されていた2通の「遺書」。
そこに綴られていたメッセージとは――。
12月22日(水)16時配信の「週刊文春 電子版」及び12月23日(木)発売の「週刊文春」では、沙也加が綴った「遺書」の中身、
前山が沙也加との交際中にA子に送っていたLINE、その直後に沙也加と前山の間で交わされた“誓約書”、沙也加に届いた残酷な知らせの内容、
さらに、沙也加と母・松田聖子の7年間に及ぶ絶縁状態などについて、報じている。
https://bunshun.jp/articles/-/51026
https://bunshun.jp/articles/-/51026?page=2
ここから読める(有料)
https://bunshun.jp/denshiban/articles/b2158
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